2006年05月31日
宮古には・・5

延々と 信号なしで
走れる 道が ある 北海道にも やっぱり そんな 道は あちこちに
ところが・・・・・・
宮古では 制限速度を ちゃんと守って走ってる車が 多いけど
北海道では 制限速度を ちゃんと守っている車は おれへん

高速道路並みの速度で 走ってても ばんばん 追い抜かれる

それも対面2車線で

交通事故死
ワーストスリー に納得
おかげで グダァ~ ユーカラ劇 にも 行けず 夜の9時には 高いびき

北の大地は 慣れんもんには 疲れる
2006年05月30日
夕刊読んで

-政府は 普天間基地の 具体的な移転先を 明記せずに
在日米軍再編の 最終合意を実施する との決定
-沖縄は あいまい 決定に 不信感
この記事を読んで 思い出した こと
「・・・日本は いわば 国家でも 社会でもない協同主義であって
・・・それは 「国家」を 構築的なもの 「社会」を 生成的なものとして 区別 するなら
この国では 構築と生成の区別が 厳密に存在しない事を 意味する
あらゆる意思決定-構築は 『いつの間にか そうなる』 という形をとる」
という 柄谷行人さんの論考に 応じて 辺見庸さん は続ける (表現はすこし 異なるけど)
「わたしが 今この国に感じているのは いわば鵺のような全体主義化である
そこには凛呼たるものが何もない 右も左も凛然と しないことをもって
主体が消え 責任の所在が隠れ 満目ひたすら模糊とした風景のままに
『いつの間にか そうなる』 何かだ」
「何事か大事なことが はっきりと 我々が心づくことなしに
霞のようなものとして 人知れず 社会で生成されて いつの間にか
巨大な輪郭が ど~んと 目の前に 立ち上がる」
日本的といえば あまりに 日本的な こと が 今 ・・・・・・・ か
2006年05月29日
ピサラ タイラ ヒララ
宮古では よう 知られた話 なんやろけど・・・・
宮古でも 平良のことを 「タイラ」と 云う人が いる
なんでか と 尋ねてみたら 昔は 「タイラ」と 呼んでた と・・
調べてみると 戦前は 「平良町-タイラチョウ」やったみたい
戦後 市制が敷かれる時に 「平良市-タイラシ」に しようとしたけど
県内
に 「平良-タイラ」 の名を冠した地名がいくつかあり 紛らわしいので
それらの地名と区別するために
ずっと昔からの 呼称である 「ピサラ(平たい土地)」を 現代読みして 「ヒララ」にした みたい
そう云うたら 具志川 あたりに 「平良川-タイラガワ」 て あったような・・・
しやけど この時も ああや こうや で 結構 揉めたんやろな

宮古でも 平良のことを 「タイラ」と 云う人が いる なんでか と 尋ねてみたら 昔は 「タイラ」と 呼んでた と・・
調べてみると 戦前は 「平良町-タイラチョウ」やったみたい
戦後 市制が敷かれる時に 「平良市-タイラシ」に しようとしたけど
県内
に 「平良-タイラ」 の名を冠した地名がいくつかあり 紛らわしいのでそれらの地名と区別するために
ずっと昔からの 呼称である 「ピサラ(平たい土地)」を 現代読みして 「ヒララ」にした みたい
そう云うたら 具志川 あたりに 「平良川-タイラガワ」 て あったような・・・
しやけど この時も ああや こうや で 結構 揉めたんやろな
2006年05月25日
いつもと様子が・・
出自は チョトちゃうけど いつもは 仲が ええ
一緒に寝たり

猫草 食べたり

しやけど 今日は 様子が

一日中 喧嘩をしてたみたい


結果は モコタン 試合放棄

もしかして こいつら 予知能力が あるんやろか
明日から しばらく 留守すんのが 分かるんやろか
ということで チョト 北の大地へ


オレら 放って どこいくねん

2006年05月24日
なにをねがう
ニガイの跡が残る 池の近く 釣りにいそしむ オジィ と・・・・・
-どうですか なにが 釣れますか
-なんにも
-いつもは なにが
-なんにも この頃 潮が変わってしまって。。。。。。
目の前には マリーナ用の防波堤が・・・
7月には 釣りでも してみよかな
2006年05月23日
知らんかった
トライして よかった シーカヤック
しやないと これからも 知らんまま やったかもしれへん
今まで ずっと 宮古は 過去の戦争の匂いがせえへん島やと感じてた
それが 思いもせん かたちで 戦争遺跡に出くわした・・・・・・ トゥリバーの水路脇で
陸軍の やけくそ○レ特攻艇 を保管する格納壕 秘匿壕と云うてるみたい
海軍の やけくそ○四特攻艇 格納壕が奄美・加計呂麻にあったのを思い出す
宮古にしても奄美にしても 米軍の 海から侵攻の前に終戦を迎えたみたいで
血なまぐさい雰囲気はあんまり感じへんかったけど
それでも このきれいな島にも かって軍靴の音響き渡らせる戦争があったんや
ということを ヒシヒシ 感じてもうた
わたしの見た秘匿壕群は
コレも気になる 伊良部大橋架橋の 取り付け道路そばにありました
そして 橋のためには 壊してもしょうない と云う意見もあるみたい
ただでさえ チョト 本音が見え隠れの大橋架橋 その横にある 戦争遺跡・・・
戦争の アホさ加減を もの静かに語る歴史の証人をなくしたら 歯止めが・・・・
奄美の 震洋 格納壕→
トゥリバーの秘匿壕は 橋と壕に気を取られ 写真
トゥリバーの秘匿壕は 橋と壕に気を取られ 写真
2006年05月22日
ワタシは妥協的で
久しぶりの青空
ちぎれちぎれに 雲が とぶなか

今日は 一日中 外出 お付き合い
おかげで 帰りは もう こんなに夜も更け・・・・・
おもけに 北で 一緒に歩くんやったら と
帰ったらすぐ 素肌もあらわな
襟足にされてもうた
ホームバーバー暦 ○十年 (浮いた小遣い 全部 肝臓に)
ワタシは 妥協的で たくらみが ないと いえば ウソに なります

ということで 今週 べんちゃら北海道
炉端焼き と 湖 と チューリップ を 楽しんできます

ちぎれちぎれに 雲が とぶなか今日は 一日中 外出 お付き合い
おかげで 帰りは もう こんなに夜も更け・・・・・
おもけに 北で 一緒に歩くんやったら と
帰ったらすぐ 素肌もあらわな

ホームバーバー暦 ○十年 (浮いた小遣い 全部 肝臓に)
ワタシは 妥協的で たくらみが ないと いえば ウソに なります


ということで 今週 べんちゃら北海道
炉端焼き と 湖 と チューリップ を 楽しんできます
そして つぎは ひとり ・・・・・・・

2006年05月19日
TWO-BIG
自分では 思いもかけん やさしい気持ちで

TWO-BIG の曲
に聞き入る 
セットの島酒 飲みながら

今日の ドラッグは 最高や

サインは ひとり 欠けてるけど
2006年05月18日
チョト気になる

チョト この 島には 似合わんけど

ささやかな 高揚感を 求めて やろし
事故だけは 起こさんように 気ぃつけて

そう 人間史上 今も 最大の 高揚感をもたらす モンに比べれたら・・・・・・
緊張と熱狂 どっかの大統領は 一時 異常な顔つき
に 見えたあんまり 関係ないか
しやけど やっぱり 人や自然を 巻き込まんよう 気ぃつけて 遊んで下さい
2006年05月17日
西銘御嶽に
宮古の炭焼長者 夫 嘉播親と一緒に・・・・・
ただの炭焼きを 大金持ちに した あげまん
・・・そう云うたら 今も 宮古は あげまん世界

炭焼長者の話 全国のあちこちに。。。。
風采の上がらん貧乏炭焼き男が これまた器量 もひとつの 訳あり女と出会い
一緒に暮らしていくうちに 自分の周りにいっぱいお宝
があるのに気づき 大金持ちに・・ついでに イケメン男セレブ女になるという めでたしめでたし の あげまん物語

しやけど なんで宮古に 炭焼長者
コタツあるわけやなしこれには なんか 訳があるはず
と いうことで 次回のテーマがまたひとつ

ちなみに 目黒盛豊見親は ふたりの孫で その玄孫が仲宗根豊見親にあたる らしい

※西銘御嶽のこん森
2006年05月14日
北へ
フン族 とか 蒙古族とか アレキサンダー大王とか 昔から 人は 東から西 西から東へ 移動しとる
北とか 南へ 民族移動した例とかは あんまり聞けへん
エポックになれへん
やっぱり 違う緯度の地に 行くんは 躊躇いが あるんや
出来れば 未知とは遭遇したない
東西の移動は 新しい生活・・・・ さらなる安定を・・・ 求めてのことやろなぁ
そやったら 南に 北に あえて向かう人は・・・ 何を求めて・・・ 新しい・・・を か
と いうことで 今度は チョト 北へ


お名前ぐらいしか 知らんけど こんな記事もあったので・・・・・
3日なんで 日高までは 行かれへんけど 取り敢えず アイヌモシリへ
ついでに 今日のお昼は。。。。。。。。。
おべんちゃらパスタ 超激辛
ぺペロンチーノ
おべんちゃらパスタ 超激辛
ぺペロンチーノ2006年05月14日
パイナガマへ通じる道

宿を出て 市場のおばちゃん 何売ってんの?
昨日の おもろい おばちゃんの店の前 通って
教会の横では神妙に・・・・・
あれ これ 高野山の登山道 みたい
いや ちゃう どっかで 見たような光景

こんなとこに・・・・
と 寄り道 しながら
と 寄り道 しながら
ワタシの好きなとこに ついたら もう 夕暮れ
お前は いつ見ても やさしい
2006年05月13日
また二日酔いや

料理
は ぬくいんを ふぅふぅ~しながら がええ人間も 一緒や 気持ち
は ぬくいんが ええここの おばちゃん なんか おもろい
のんでる
間も 次から次に 宮古の人 内地の人 が この店 気に・・・・・・・ また 来るわな おばちゃん
で また行って もうた
のんでる

間も 次から次に 宮古の人 内地の人 が なんやかんやで 気がついたら 午前三時を過ぎとる
誰も帰れへん
限定宮古時間の ワタシには えらいこっちゃ

また 行こ
2006年05月11日
家に帰ったら・・・
ここは関係ないとは やっぱり 思てない
今 こんなこと 書きたないけど
なんか 書かな アカン 気がして

差し迫った危険 サヨナラ 千人針 コンニチハ
相変わらず 政治は 利用する リアリスト沖縄の歴史を
2006年05月11日
乙女の涙
今でも 宮古の水が チョト 塩辛いんは
実は 袖山 に 浄水場があるからで・・・・・
純粋なナショナリスト 鬼虎 と 帝国主義 中山
の尖兵 豊見親 そのはざまで 否応なく 悲劇の運命の渦に投げ込まれ 翻弄された 鬼虎の娘 八重山乙女
宮古に来るや、昼夜の ひとしお辛い おつとめ

もうアカン もうしんぼ でけへん
おとうちゃん おかあちゃん もう やってられんわぁ~

そして 袖山の木の上で 望郷の情 ほとばせながら 絶命



宮古の水が 塩辛いんは 八重山乙女の 涙
のせいやったんや!その悲劇の乙女の 墓が このへんの どっかに・・・・・ しやけど どこや












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