2008年05月11日
ゴミだめの史跡・・・
パイナガマにある 戦跡 機関銃壕
無視して ゴミまみれに ほったらかす ぐらいやったら
跡かた無う 撤去してまう方が よっぽど ましや と。。。
島にも いくつかの 戦跡史跡 が あって
それなりに 行政も 次世代に ”戦争は絶対あかん” メッセージ を発信。。 と思てたんですが
この パイナガマの 有様を 見たら
どうも たいした メッセージ性が 込められてる わけでは なさそうで・・・・・ かな
2008年02月14日
元禄絵図 南北方面編・・・
前回の続きで・・・

東平安名崎あたり。。。
昔は 百名崎 ピャウナザキ と 呼んでたみたいで
嫉妬ムラムラ 炎の女
マムヤの墓 は あのあたりかいな

地図 下から
キンスカワ村 云うたら あの砂川神社の オーガマとクイガマ との 悲恋
たすきがけ
あの 金志川兄弟 の 居城が あった所やろな
で ナカキャトマリ村 てどこ
鍾乳洞の 仲原 の辺やろか・・
そして 北海岸あたり。。。
南静園北の ピンフ岳 比嘉北の ナカオ嶺
真ん中に ノバル岳 も見えますなぁ
しやけど 集落は 北海岸には 見当たりまへん
西辺 も 宮原 も 福山 も ありまへん もっと後の 村立てでっしゃろ
しやけど この地図が出来た 何百年か前に だまされた女 と だました男
が 番を張ってた 比嘉 や 新城 の集落も やっぱり ありまへん
この集落に 攻め込んだ あの極悪 与那覇原軍 が
地図から 抹殺されるくらい 徹底的に テンゴ
しまくったからやろか
それとも 史書に書いてある話は 実は つくり話で
・・・・・
下地あたり。。。
クレマ島 まだ橋は 架かってませんねぇ
微妙に 前浜辺りの 地形が ちゃいます
微妙に 前浜辺りの 地形が ちゃいます
昔は 百名崎 ピャウナザキ と 呼んでたみたいで
嫉妬ムラムラ 炎の女
マムヤの墓 は あのあたりかいな
オロカ(砂川)あたり。。。
地図 下から
ミヤクニ村 アラサト村 トモリ村
キンスカワ村 ナカキャトマリ村
キンスカワ村 ナカキャトマリ村
キンスカワ村 云うたら あの砂川神社の オーガマとクイガマ との 悲恋
たすきがけ あの 金志川兄弟 の 居城が あった所やろな
で ナカキャトマリ村 てどこ
鍾乳洞の 仲原 の辺やろか・・南静園北の ピンフ岳 比嘉北の ナカオ嶺
真ん中に ノバル岳 も見えますなぁ
しやけど 集落は 北海岸には 見当たりまへん

西辺 も 宮原 も 福山 も ありまへん もっと後の 村立てでっしゃろ
しやけど この地図が出来た 何百年か前に だまされた女 と だました男
が 番を張ってた 比嘉 や 新城 の集落も やっぱり ありまへん
この集落に 攻め込んだ あの極悪 与那覇原軍 が
地図から 抹殺されるくらい 徹底的に テンゴ
しまくったからやろか
それとも 史書に書いてある話は 実は つくり話で
・・・・・と 云うことで 興味は 尽きまへん 

2008年01月31日
頃は元禄・・・
江戸幕府謹製 元禄国絵図 宮古島版
約三百年前 あの ワンコ大好き綱吉はんが
生類憐みの令 を出した頃に 作られたMAP
よう見たら ちょと ちゃうとこ あるみたいやけど
まぁ おおまかな形は 変わらんみたいで・・・・・・
生類憐みの令 を出した頃に 作られたMAP
よう見たら ちょと ちゃうとこ あるみたいやけど
まぁ おおまかな形は 変わらんみたいで・・・・・・
池間島あたり。。。。
昔は こんな格好してて 馬蹄型
昭和の始め頃 漁港作るとき 入り口を 締め切られて
今の 池間湿原が・・・・
上の方には ヤビジ
が 見えますなぁ平良あたり。。。。
入(西)中曽根村 阿かり(東)中曽根村 松原村
あれれ
久貝村が おまへんでぇ
代わりに 新里村が・・・
平良の 久貝の人らが 伊良部に作った 新しき村

で みんな 伊良部に 行ったから 名前が消えた

それか 久貝村は 下里村と 市町村合併で
新里村に なったとか ならんとか (またええかげんな)
が 後々 久貝村は 脚光浴びて
再登場の予定 ということで 今度は 南方面 古地図散策をば

2008年01月14日
やり過やで!与那覇原軍・・・
その居城 野原岳 大嶽城への 石畳・・・
が この城も あの滅茶苦茶 残虐集団 与那覇原軍 の餌食に・・・
松原の東 ミヌズマ村 を 信じられんアコギさで 滅ぼした 後の
次の標的 大嶽村 しやけど 城主は 優れ者
大嶽大按司「あっこの大将 なかなかの 策略家 ミズヌマ みたいには簡単には イキマへんでぇ」
「そやな あの野崎の 久知名按司 も 手強わかったけど ここも しぶとそうやなぁ」
そこへ 一報 「大嶽の大将が 病気で あの世へ
・・・・」「そうか アイツさえ おらんかったら。。。 皆んな行くでぇ 総攻撃や
」



そして
女子供までをも 徹底殲滅した
与那覇原軍の親玉 極悪 佐多大人 野原岳の頂に立つ 大人 の ギンギラ視線
の先には 次の標的が・・・ 比嘉の親分 高腰の按司の首
しやけど この 大人 の残酷仕打ち 理解を超えてますなぁ

後の仕返しリスクを 避ける為 罪九族に及ぶ といった惨殺は あり得ても
一般村民農民までも 無差別に 手にかけるんは どうも 東洋的でないような・・・
彼らは 一体 どこから

で まだまだ 探求の道
は続くのです
2007年11月11日
ンキャドゥラのこと・・・
向寅 ンキャドゥラ 今は 荷川取 と・・・
平良 根間 あの目黒盛の拠点
市役所近く 郵便局辺りか
そこから 寅の方位 東北方向に あったところ
こんな 宮古弁
の音に どういう意味やろか な漢字を 当て字
したような例は 同じように 全国各地にも いっぱい あって・・・
歴史が よろめく

で 根間の主
は この水路を通って
首里に向かったんやろか2007年11月09日
ヌザキのこと・・・
この野崎集落 もしかしたら 島の有史以前の 文化の中心やったんと。。。
目黒盛も 仲宗根の豊見親 も いわば新興勢力やったが。。。
その武力に ものを いわせて 島の古代を 終わらせ。。。
好き放題で 島の中世を 牛耳った
いうたら ヌザキは 京都奈良で 平良は 江戸鎌倉かぁ・・・
と いうんも 目黒盛のおばあちゃん は ヌザキ 長井の出やし
権力握った 仲宗根の豊見親も 嫁はん をここから・・
ついでにいうと 仲宗根の息子も ここから嫁取り・・・
よくある話やけど 新参者は 権威が欲しい 伝統の血筋が欲しい
それと 集落内に散在する 巨石文化のなごり・・・ 石舞台か。。
あの傍若無人な 与那覇原軍が あえて 野崎を攻めんかったん は
古代から続く血統を 絶やすんは アトアト禍根を残しそうやな の分別か
その武力に ものを いわせて 島の古代を 終わらせ。。。
好き放題で 島の中世を 牛耳った
いうたら ヌザキは 京都奈良で 平良は 江戸鎌倉かぁ・・・
と いうんも 目黒盛のおばあちゃん は ヌザキ 長井の出やし
権力握った 仲宗根の豊見親も 嫁はん をここから・・
ついでにいうと 仲宗根の息子も ここから嫁取り・・・
よくある話やけど 新参者は 権威が欲しい 伝統の血筋が欲しい

それと 集落内に散在する 巨石文化のなごり・・・ 石舞台か。。
あの傍若無人な 与那覇原軍が あえて 野崎を攻めんかったん は
古代から続く血統を 絶やすんは アトアト禍根を残しそうやな の分別か
と まぁ ストレス溜まって あることないこと 妄想しておりまして(~_~;)
2007年10月16日
疑惑な関係・・・
14世紀後半 島の村々を蹂躙しまくった 極悪集団 与那覇原軍
最後は 漲水の浜で 今の裁判所あたりが根城の 根間目黒盛 に コテンパンに やっつけられて
親玉の 非道 佐多大人 は ぬざきの浜から 船乗り逃げで 下地方面へ
一派の 真佐久 は 陸路 城辺の ヨナ浜へ 遁走

今も 下地与那覇には 旧公民館の近くに
佐多大人 を祀った 御嶽がある
かなり 荒れてるように見えるけど・・・・・・
で 問題は ヨナ浜に 逃げ延びた 真佐久
通説では 瀕死の重傷を負って 逃げ延びたが
一命とりとめた後
武を捨て 平和主義者 に 大変身
おまけに 地元のベッピン
も手に入れて
高野辺りの 白川浜から 中山朝貢
中山王察度に 宮古の首長に任ぜられ・・・ で島に凱旋
この 凱旋ウルトラマン 真佐久 が 宮古神社の祭神のひとり 与那覇勢頭豊見親 で・・・
しやけど その頃 島には 残虐与那覇原軍 をへこまし 島を統一した 目黒盛豊見親 が・・・
さて どうなる また出入りかぁ
一触即発かぁ
の状況やけど 別に何も起れへん
島民支持の首長 目黒盛豊見親 と 中山お墨付き首長 与那覇勢頭豊見親 共存体制
そこはそれ 大人の判断 島民の年貢
も 半分わけ ということかいな
お互いけん制しあう 三つ巴なら わからんでもないけど 二つ巴て
これには なんか裏がある
どうも 腑に落ちん
で 次回の重点調査項目に
ところで この おふたりの 次の首長は 与那覇勢頭豊見親 の お孫さん Mr.大立大殿
そいで その次は 目黒盛豊見親 の 玄孫 はい あの有名な Mr.仲宗根豊見親
なんや 独占禁止法
違反の臭い ぷんぷん 談合首長かぁ
最後は 漲水の浜で 今の裁判所あたりが根城の 根間目黒盛 に コテンパンに やっつけられて

親玉の 非道 佐多大人 は ぬざきの浜から 船乗り逃げで 下地方面へ

一派の 真佐久 は 陸路 城辺の ヨナ浜へ 遁走
今も 下地与那覇には 旧公民館の近くに
佐多大人 を祀った 御嶽がある
かなり 荒れてるように見えるけど・・・・・・
で 問題は ヨナ浜に 逃げ延びた 真佐久
通説では 瀕死の重傷を負って 逃げ延びたが
一命とりとめた後武を捨て 平和主義者 に 大変身
おまけに 地元のベッピン
も手に入れて 高野辺りの 白川浜から 中山朝貢

中山王察度に 宮古の首長に任ぜられ・・・ で島に凱旋
この 凱旋ウルトラマン 真佐久 が 宮古神社の祭神のひとり 与那覇勢頭豊見親 で・・・
しやけど その頃 島には 残虐与那覇原軍 をへこまし 島を統一した 目黒盛豊見親 が・・・
さて どうなる また出入りかぁ
一触即発かぁ
の状況やけど 別に何も起れへん
島民支持の首長 目黒盛豊見親 と 中山お墨付き首長 与那覇勢頭豊見親 共存体制
そこはそれ 大人の判断 島民の年貢
も 半分わけ ということかいなお互いけん制しあう 三つ巴なら わからんでもないけど 二つ巴て

これには なんか裏がある
どうも 腑に落ちん
で 次回の重点調査項目にところで この おふたりの 次の首長は 与那覇勢頭豊見親 の お孫さん Mr.大立大殿
そいで その次は 目黒盛豊見親 の 玄孫 はい あの有名な Mr.仲宗根豊見親
なんや 独占禁止法
違反の臭い ぷんぷん 談合首長かぁ
2007年08月11日
哀しき ミヌズマ村・・・
残ってるんは 掘り抜きカーの 跡だけ。。。。
べんちゃら
が 出来へんばっかしに一夜にして メチャメチャにされ ひとり残らず・・・

14世紀半ば頃 場所は松原 久松漁港からの 海岸線に沿った 小高い丘の上
侵略者は あの 極悪集団 与那覇原軍

盛加井(ムイカガー) 辺り を 根城に 島中を 荒しまわってた 無法者達
上野の大嶽や 比嘉の高腰や 大浦も この連中に 残虐の限り

そいで はじめ 主邑 ピサラ に近い 裕福な ヌザキ村 が 狙われて。。。
軍の偵察隊が 次は ここかいな と ちょと様子見

ところが ここの村長さん お愛想上手で 至れり 尽くせり

カーキダコ ヒージャー汁 山海珍味 山盛りで
ご相伴に 預かった偵察隊 懐柔されて
「あっこ 攻めるの 止めまひょ なかなか ええ奴らでっせ
」と いうことで 今度は 隣の この ミヌズマ村 へ
ところが ここの村長さん お愛想下手
で なんの用や
と けんも ほろろ 「あっこ あきまへん 愛想のないやっちゃ 痛い目に・・・」
で 総攻撃
今は この井戸が残るだけで・・・・・・村跡からは 魚介 豊かな与那覇湾が望めます
ええとこで
海産物
がドッサリ。。。 それが 出し惜しみ したばっかしに・・・・
・・・・が 伝承話やけど
まぁ 思うに べんちゃらの 上手下手は まぁ後で とってつけた話で
ほんとのところは ミヌズマ村 の収穫を ヌザキ村 に一本化 効率を 挙げよう いう
経済合理性を 考えてのこと やろと・・・
そもそも 両方やっつけたら だれも働くもんが おらんようになって
困るんは 与那覇原軍やし。。。。。
が
とは いうもんの ヌザキ村 は 実際 生き残ったわけで
村長さんは 村の大恩人
今も 久知名御嶽 に 丁重に祀られています

ミヌズマ遺跡の案内板
ミヌズマ は 箕島 とか 美野我麻 とか 美野島とかの 当て字
ヌザキ は 野崎村。。。
2007年07月28日
ふたたび 村立て・・・
バイブロハンマーが 見えるんで
杭打ちの 基礎工事 が始まってるみたい
ところで
大昔 野崎村の人らは サバニで 長山あたりへ上陸 開墾を
・・・約700年前 そして この最初の部落が 久貝村と 云われたとか
そいで 伊良部の 元島 といわれる 牧山あたりから どんどん南下
国仲 長浜 佐和田 へと
間切時代は 下地間切
そいで ぬざき村の人らに 遅れて 約400年か
池間島から 佐良浜 池間添 前里添へと
間切り時代は 平良間切
そやから おんなじ島やけど 言葉は 今でも 微妙にちゃうんでしょうね たぶん

で 伊良部島 平成の村立て では
どこから どんな人 が来て どんな村 を・・・・・ ですかね


島産蜂蜜 香り豊かで
・・・ いつの間にか 減ってる
パッションフルーツ&ヨーグルト&島産蜂蜜 が 朝食メニュー
蜂蜜愛好家でぇ 高得点GET
-今のん もう食べられへんわ
そいで これ 何のお花なん?-何のお花のか・・・聴くの忘れたしぃ・・・・・ 聴いたけど忘れたんか。。。
2007年06月30日
油断大敵かぁ・・・
17世紀ごろ 明と清の交代期
中国で 緊張
が 走ってたりしてて・・
わけの分からん船が おらんか
よう 見張っとかな
アカン でぇ
中国で 緊張
が 走ってたりしてて・・わけの分からん船が おらんか
よう 見張っとかな
アカン でぇと 云うことで 先島の あちこちに 設けられた 火番盛
この春 みんな纏めて 国の史跡 に・・・ これはこれで めでたい事で

この 池間の 遠見跡 も そのひとつ
で 時代は めぐって
・・・・・21世紀ごろ 後進から大国への 交代期
あいも変わらず 緊張が 走ってたりしてて・・
わけの分からん船は おらんか
ゆめゆめ 油 断したら アキマヘン でぇ
あいも変わらず 緊張が 走ってたりしてて・・
わけの分からん船は おらんか
ゆめゆめ 油 断したら アキマヘン でぇ
と 云うことで 今度 最新の 火番盛 を作ろうと

場所は この辺りか
今回の 史跡指定 そう単純な話や なさそうな・・・ この海域の緊張感
を 煽るための・・・
2007年06月18日
ウタキとトリイ・・・
御嶽に 鳥居
て なんでやねん
と 思てたけど 島の外から ようけ人が 来るようになると
こっから 先は 神さんの住まい でっせぇ と
誰でも わかる形も それはそれで エエのんかも
たしかに 鳥居が ないと なかなか 結界 はわかりにくい
わたしも ショッチュウ 結界破りを
・・・
かと云うて 琉球語
の禁止と 同じ教化政策の 一環や と云う事実は 変わらんけど
そや
どうせやったら 宮古空港に 建てたら ええんやん

こっから 先は
自然を 粗末にすると バチ
あたりまっせぇ 

と 思てたけど 島の外から ようけ人が 来るようになると
こっから 先は 神さんの住まい でっせぇ と
誰でも わかる形も それはそれで エエのんかも

たしかに 鳥居が ないと なかなか 結界 はわかりにくい
わたしも ショッチュウ 結界破りを
・・・かと云うて 琉球語
の禁止と 同じ教化政策の 一環や と云う事実は 変わらんけど
そや
どうせやったら 宮古空港に 建てたら ええんやん

こっから 先は
自然を 粗末にすると バチ
あたりまっせぇ 
と 云うのは まぁ 置いといて


宮古創生の神さんが 祀られた漲水御嶽さん とこにしても
オーガマ クイガマ姉妹 が祀られた砂川御嶽さん とこにしても
宮古の炭焼太郎夫婦 が祀られた西銘御嶽さん とこにしても
立てられた 鳥居は いたって シンプル 真っ直ぐ
伸びてますねぇ・・・ ところが
ここの鳥居は えらい装飾が 凝ってて 曲がって 反り返って
ますねぇ・・・ご本家 池間島にしても
分家 西辺にしても
やっぱり ウパルズ ウタキ の 最高神は 格
が ちゃう いうことですか
が ちゃう いうことですか
2007年05月17日
袖山で・・
一時は あきらめたけど。。。。 やっぱり ここやったんや

八重山の乙女が 望郷の念 一身に みなぎらせ
悔し涙 を流しながら
切なく 身を滅ぼしたんは・・・やっぱり 袖山の水が しょっぱいのは 鬼虎の娘 の 涙
のせい やったんや
なんや 一歩 一歩 近づいて 行ってる 気がする

何んでか 云うたら

袖山には おんな の幽霊が出る


と こちらの ご主人に 教えてもらいました
で 次回は 夜の探索か
コワー
コワー
2007年05月13日
白鳥は舞い降りたが・・・
湧川(バァクガー)マサリア御嶽
荷川取にある 仙郷滞留譚 竜宮伝説の うたき
釣りに行った漁師が エイ を釣ったところ なんと この魚 美女に大変身

そして 必然的に 情理に叶った・・・・で

数ヵ月後 同んなじ 釣り場に 行ったら 2~3歳の幼子が

「お父ちゃん
お母ちゃんが 呼んでるでぇ はよ行こ」-うそ! まさか お前ら あの時の
。。。 と思いながらも やっぱり人間 エイ??に乗って 海の底なる 酒池○○の宮殿へ

で あとは 浦島 と同んなじ流れで・・・・ 玉手箱ならぬ 瑠璃壷もって 憔悴して帰還

はじめは 瑠璃壷の甘い汁 飲んで 機嫌よう
やってたけど その内 魔がさしてもうて



瑠璃壷は 漁師を見捨て 白鳥になって羽ばたき 上野の宮国方面の木に舞い降りて・・・
その宮国の 木の主人 神の お使いやいうて 物忌みしたら。。。。 東の方から ご利益が
。。。以来 ずっと上野はずっと 裕福とか・・・
今では あの白鳥 ホテル や ゴルフ場の モクマオウの木の上で
瑠璃壷抱えて なにを 考えてるんやろか
で 今日のランチ
かつお塩辛ペペロンチーノ 島唐辛子風味 味わい豊か
2006年12月10日
ただ読みに・・・
行ったら ちょいちょい 東仲宗根の・・・
宮古に 昔あって 今もあるもん
宮古に 昔あって 今はないもん
宮古の来し方 時間の移ろい と 都度至った その時々の 「今」
その 時々の「現在」の視点で 宮古のありようを 見ることは
その「現在」時点の 底を流れる潮流に 押し流される 惧れ ありやなしや とかとか
まぁ 現在のありようを 距離を置いた視点で 眺めることも

と 訳の分からん事を・・・・・・
で
黒田三郎と いう詩人が 歌ってました
失われたもののみが美しく
失われたもののみがあなたのものであったと
ひそかにあなたに告げるのは誰か・・・・
と 今日は安息日 昼酔い チョト書生気分。。。。
2006年09月19日
幸地目蛾(コウチ・ミガ)Ⅱ
だいぶ前の続きを いとこの 飛鳥翁 をだまし討ちにした 起目翦殿 を
なんとか やっつけたい 糸数大按司

一計を 案じて
・・・・「今度 うちで 弓矢大会やるんで 腕に覚えのあるもんは 集まってやぁ
優勝したら うちの娘 目蛾 の婿にしてやるでぇ」
との お触れを出して 相手を おびき出す作戦

そんで その 娘の婿 云うエサに まんまと ひっかかった 起目翦殿


大会当日 起目翦殿 のイケメン振りと 弓さばきの見事さに 心奪われた
目蛾 は心密かに -この人こそ わたしの婿さんにぴったしや 決めたわぁ

そして その夜の 表彰式の場で 酔っ払った 起目翦殿 は予定通り 闇討ちにあう

そんな 事情を知らん 目蛾 は 血に染まった 起目翦殿 にすがりつき ワァーワァー

憎っくき父 糸数大按司 をキッと 睨みつけ
「何んちゅうこと すんねん お父ちゃん この人は わたしの 愛しい旦那さんやで
もう知らん あんたとは 親でもない子でもない 旦那を奪った 憎っくき仇や」
オロオロする 糸数大按司 父をなじり 泣き続ける 目蛾 そしてそのまま
起目翦殿 を追うようにして 昇天・・・

いつの世界も 家や名誉を守るためなら 子供の犠牲も 厭わんいう 親はいるもんで・・・
そいで ふたりは 糸数城近くの 比翼塚と 呼ばれるところに 葬られたらしい
糸数城も 比翼塚も 西仲宗根辺りらしいが 今もあるんか?? 今度また探索

<<写真:イケメン起目翦殿 は この辺に住んどったんか 東仲宗根辺り>>
2006年08月30日
幸地目蛾(コウチ・ミガ)Ⅰ
(飛鳥翁の居城 飛鳥城の森)

女スパイ ザラモイ の 悲運な死で
結末を 迎えたかに 見えた
西銘邑の 飛鳥翁 と 石原邑の 思千代按司 との
なわばり争い

ところが 女の悲しみ


は まだ 続く・・・思千代按司 と その雇われ弓手 起目翦殿 の だまし討ちにあい
無念の死を 遂げた 飛鳥翁 。。。
実は この 飛鳥翁
宮古の炭焼太郎 と呼ばれ あの 目黒盛豊見親 の 祖父母
とされる 嘉播親と その妻 長井の里の真氏の 血を引き
島内に 散らばる 有力者とは 深い縁を結んでいる
西仲宗根の邑主 糸数大按司 もそんな中のひとり
従兄弟にあたる 飛鳥翁 の謀殺を知った 糸数大按司 は
仇を討つべく 立ち上がり
たよんない 思千代按司 は 難なく 討ち取ったもんの

残る 起目翦殿 は 猛者 飛鳥翁 を やっつけただけあって えらい手ごわい
そこで ある策略が始まる・・・・・
《とりあえず つづく
》
》2006年08月24日
オーガマ クイガマ Ⅲ
前回はここまで
仲宗根豊見親玄雅 の邪心によって
多良間の地に 志半ばで 命果てた 金志川の金盛 と オーガマ
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 宮古のことは夢のまた夢」
と 秀吉みたいに 詠んだか どうかは 知らんけど・・・・
で 一方
その 金盛 の弟 金志川の那喜太知-金志川豊見親 は その後
城地方の 盟主として 「仁心深く民を憐れむ事 赤子のことし」
と慕われるまでに 成長した
しかし その 那喜太知 にも 魔の手 が・・・・・
続きを読む
2006年08月15日
白明井 見つかったけど・・・
だいぶ前 ええ加減な書き込みを・・・
鬼虎の娘 八重山乙女が 与那国から さらわれて 来て
日々 過酷な 水汲み労働を 強いられた
あの白明井 (スッサカガー)
ほんとは 西仲 にあった
今まで 高野の 白川田水源地辺り や ないかと 思てたけど
えらい 的外れ
やったそらそうやな 今の 西里 根間 辺りから 高野までの 水汲み
あんまりと いえば あんまりで
チョト 半信半疑
やったけど やっぱり・・・しやけど このカー 歴史的な背景を 持つ割には
なんや 荒れてて 見捨てられた 感じや
大和井 とか 盛伽井 に比べて 気と金の 使いようが・・・・
やっぱり 今の宮古も 昔の宮古の 権力者の横暴
には アンマリ 触れられた ないんやな と勘ぐりたなる くらいや
そう云うたら 袖山のお墓 も 行方不明やし・・・
それとも 歴史どころや ないんかな 今の宮古は。。。 大事なことやと 思うんやけど
2006年08月14日
この川の流れは・・・
外周道路を 高野から 城辺方面に 向かっていくと
宮原辺りに チョトした 橋がかかっている

その橋の 上流方面には 水が干上がった 川のようなもんが 見える
下流の方を 見てみると 白川浜方面に向けて 水がチョロチョロ・・・
聞くとこでは この川みたいなんを パダ いうらしい
雨が降ると 地面から 湧き水が溢れだして 川のようになる という
一度 その光景を 見てみたいと 思てるんやけど なかなか その機会が・・・・
そして この バダ は 自然に 出来たもんやなく 人工的に 作られたみたい
続きを読む
宮原辺りに チョトした 橋がかかっている
その橋の 上流方面には 水が干上がった 川のようなもんが 見える
下流の方を 見てみると 白川浜方面に向けて 水がチョロチョロ・・・
聞くとこでは この川みたいなんを パダ いうらしい
雨が降ると 地面から 湧き水が溢れだして 川のようになる という
一度 その光景を 見てみたいと 思てるんやけど なかなか その機会が・・・・
そして この バダ は 自然に 出来たもんやなく 人工的に 作られたみたい
続きを読む
2006年08月07日
オーガマ クイガマ Ⅱ
前回の 続きで。。。。。
なんで オーガマ クイガマ の姉妹は
砂川神社の 祭神 になったんか

それは あの鬼子母神 の
多くの子が ありながら いつも 他人の子を捕まえて 食べていた 鬼神の妻が
自分の最愛の子を 釈迦に隠され 子を失う 母親の苦しみを 悟り
心性の淵にあった 慈愛心が目覚め 以後 子供と安産の守り神となった という 話に
どこか 似通ったとこが ありそで なさそで・・・・
そう
オーガマ と クイガマ の 身の上にも
過去を 悔い 今に 恐怖し 将来に 絶望する
突然の 過酷な 運命が 降りかかった・・・・・・ んで



城の方 友利の豪族 金志川兄弟 金盛 と 那喜太知
同じく 城 砂川の 神女姉妹 オーガマ と クイガマ
この 兄と姉 弟と妹 実は 恋仲 やった
仲宗根の豊見親の 命で 鬼虎征伐に 仲良く 四人 与那国へ
そして 無事 命永らえて 宮古に 凱旋したまでは よかったが ・・・
ここから 悲劇が 始まる
続きを読む

